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人は、なぜ死ななければならないのでしょうか?

人間に命を与えた創造主である神に、人間は背いて罪の状態にあるからです。
つまり、だれもが神と隣人を真実に愛すことが出来ない罪の状態、利己的状態にあるからです。

罪が支払う報酬はです。(ローマの信徒への手紙6:23)

女(エバ)は蛇に答えた。「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。
でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」(創世記3:2~3 )

しかし、アダムエバは、与えられた自由(食べる食べないの自由)のうちの禁断の実を食べる方を選んでしまいました・・・。
すべての人の内に-例外なく-原罪が入りこむことになった瞬間でした・・・。

原罪・・・、イエス・キリスト以外のだれもが()他人に見せられないような卑猥で厭らしい萌芽を秘め隠し持つような存在、原罪を背負う存在に転落してしまったのです(堕罪)。

正しい者はいない。一人もいない。(ローマの信徒への手紙3:10)

あなたがたが今では恥ずかしいと思うものです。それらの行き着くところは、にほかならない。
罪が支払う報酬はです。( ローマの信徒への手紙6:21、6:23}

聖書は続けて告げます。しかし、と・・・。

しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。(ローマの信徒への手紙6:23}、と・・・。

解決出来る道は、キリストの十字架の他にはないと・・・。


青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。
「年を重ねることに喜びはない」と言う年齢にならないうちに。(コヘレトの言葉12:1)
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genre : 学問・文化・芸術

tag : 禁断の実 利己 キリスト 永遠の命 解決 創世記 アダム エバ

永遠の希望---罪を滅ぼして死に勝利

人であり神であるイエス・キリストは、人間の救いのために先がけとなって「第二の永遠」、第一ののみならず第二のんで勝利して復活しました・・・。

聖霊とは、このを---を滅ぼして復活したキリストの霊・・・。
聖霊は、信じる者の内に宿ってをしだいに清め良い実を結ばせる働きをするキリストの霊(清めの働きに無関係な霊は、魔術的悪霊)・・・。

肉の業は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、・・・・(ガラテヤの信徒への手紙5:19 )

キリスト・イエスのものとなった人たち(信仰者)は、肉を欲情や欲望もろとも十字架につけて(死なせて)しまったのです。(ガラテヤの信徒への手紙5:24)

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tag : 永遠 既望 キリスト 十字架 聖霊 希望

神の内なる二つの心、その激烈な戦い

キリストの十字架とは、死ぬはずのない神が死ぬべき汚れた人間と連帯して死んだ出来事・・・。

聖であって義である父なる神にとって、原罪を背負った汚らわしい人間は決して安易にすべきではない存在(もし、罪を水を流していいかげんにするとしたら、それは聖書の神とは別者)・・・。
しかし、子なる神、イエス・キリストは滅び行くべき存在の汚れた人間に対してどうしてもされて救われて欲しいという切実に思う・・・。
十字架で流された血は、殺されたアベルの血の憎しみ・恨みを凌ぐ強烈な憐れみ・・・・(ヘブライ人への手紙)。

絶対に裁かなければならないという思いと同時にどうにかしてしの道を開きたいという神の内なる二つの、この二つのの葛藤と分裂、この激烈なる戦いの極みが歴史の中で見える形となった出来事が十字架・・・。
父なる神は、自分と一体といえるしてやまない独り子を、罪に汚れた人間の身代わりに十字架で裁いて処刑すことで絶対してはならない罪人をすという苦しい道をとったのです・・・。
自分の命ともいえる最な者を失った神は、屍状態、死んだも同然・・・、この神の痛みの極みが、十字架の出来事・・・。
人間の罪のいやらしさは、神をここまで追いやるほどに深い・・・。

そして、この死刑を執行する神と、死刑を執行される神は複数の神ではなく、二つののありかたとなった唯一、同一の神、苦しむ神・・・。
これが、「父なる神」と「御子イエス・キリスト」の関係・・・。
そして、人であり神であるイエス・キリストが「第二の死、永遠の死」に死んで、第一の死のみならず第二の死に勝利して復活した(聖霊とは、信仰者の内に宿る復活のキリストの霊)・・・。

これが、「三位一体の神」の秘義・・・。

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tag : 十字架 原罪 憎しみ いやらし 秘義 分裂

偶像崇拝=姦淫

聖書では、偶像崇拝のことを姦淫という言葉で言ったりします。
つまり、偶像崇拝は、猥褻的なのです。だから、キリスト教は偶像崇拝をとても嫌悪します。

偶像崇拝とは、神を神として愛さないで、自分を神とし自分のエゴイズムの満たしを最優先することを言います・・・。
その結果は、苦しみ地獄への転落です。
それを別な言い方をするなら、神の当然の報い、神の裁きとなります。
神に対して死に値する罪なのです。

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tag : 聖書 偶像崇拝 エゴイズム 苦しみ

ドメスティックバイオレンス

辞書によると、
猥褻とは、みだらなこと。また、そのさま、みだら(猥ら)とは、(男女の関係が)性的に乱れていること。ふしだらである・こと(さま)、とありました。

猥褻さは、思いやりに反し暴力的、人を物として扱うこと、つまり人格尊厳を冒すこと言って良いのではないでしょうか・・・。

サド・マゾ、ドメスティックバイオレンスは、淫猥さ、淫らさの極地、人格尊厳を冒す極地ということになるのではないでしょうか・・・。

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tag : 人格 尊厳 思いやり 暴力 ドメスティックバイオレンス

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